★還骨勤行について

遺骨が家に還ってくると、お仏壇を荘厳し、中陰壇を舗設し遺骨を中陰壇の前に安置して、一同で勤行します。

 

昨今の様々な事情により通夜葬儀を会館で済ませるのが当たり前な風潮になっています。還骨も同じように会館でお勤めする機会も多いことでしょう。

しかし、後にも中陰の項で書き記しますが、忙しい現代人にとっていっぺんに済ませるため、この戻られてからお勤めするのを初七日と勘違いしている施主や葬儀社が多く見受けられます。特に東京都市部では初七日をはじめとする中陰法要は滅多にお勤めされないのが現状でありますので、そこからも戻っておつとめすることを初七日と言っているのだとおもわれます。あくまでも還骨勤行であることを認識しなければなりません。ましてや葬儀中に初七日も同時に済ませる考え方はもってのほかと言わざるをえません。おつとめする趣旨がどんどんあやふやになってきてしまいます。

なお、以後、満中陰までは、常灯明、常香が本義でありましょう。しかし、実際にはそれは困難なことです。また香煙を絶やさぬようにという配慮から、渦巻状の線香を用いる場合もあるようですが、家人不在の場合は火災の恐れもあり、本来、自ら尊前に侍るべきなのに、線香に後をゆだねることは、本意ではないでしょう。

★中陰について

中陰とは、古代インドで、衆生が今生の生命を終えて(死有)、次の生命(生有)を得るまでの中間の期間の生命のことで、中有ともいい、遺族はこの間、故人の冥福を念じ、善根を積重してそれを故人に回向回施することによって、後生の幸せを願うべきだとされました。この思想が日本に伝わり、中陰の間、遺族は精進潔斎し、読経その他の善根を積むことが行われてきたのです。

浄土真宗に於いては、衆生は如来の願力によって、命終のとき、即時にお浄土に往生して仏にならせていただくと示されています。だから遺族が積んだ善根を故人に回向する必要はありません。しかし、愛する親族の逝去にあって、諸行無常の教説を身にしみて味わい、人生の悲しみを痛感しているこの時こそ、日頃ややもすればおろそかにしがちなお念仏のみ教えを心から聴聞し、念仏者として正しく慎みのある生活を送る期間として、形の上では通仏教(他の宗派)の習慣に倣って、中陰の行事を行います。つまり中陰思想は本来仏教の思想ではありません