© 2019 浄土真宗本願寺派 白雲山 真龍寺 いかなる場合も、無断転載は禁じます。 

大切な方の死をご縁として、私の今後(方向性)を考えさせられたという人も少なくないでしょう。

お寺は法事をするだけの場所ではありませんし、僧侶は葬式だけをする人ではありません。

仏教は、私が仏にならせていただく教えです。

法(おみのり)を伝えるものですから、お寺は法を伝える道場なのです。

法(真理)はどの宗旨宗派でも変わる事はありませんが、そのとらえ方が違ってきますので、

当然ながら葬儀における意味合いが変わってきます。

この事をご理解いただいた上で、皆様と、ご一緒に葬送の儀式について考えたいと思います。

◎お寺と葬儀社への連絡

◎臨終(りんじゅう)勤行(ごんぎょう)

◎納棺(のうかん)勤行

◎通夜(つや)勤行

◎出棺(しゅっかん)勤行

◎葬場(そうじょう)勤行

◎火屋(ひや)勤行

◎還骨(かんこつ)と中陰(ちゅういん)

◎納骨(のうこつ)

等々を考えたいと思います。(浄土真宗本願寺派 葬儀・中陰勤行聖典より引用)

★お寺と葬儀社への連絡について

大切な方がもしもお亡くなりになった場合、一番最初にお寺(03-3996-1831)に連絡して下さい。

と申しますのも、日程を決められてからご連絡をいただいても、都合が合わない場合が多々あるからです。

ですので、時間に関係なく、まず第一報をいただきたいのです。

次に実際には諸々の面倒を見てもらう葬儀社を決めることになります。

昨今、病院でお亡くなりになった場合、病院側から紹介手配をしてもらえる事が多いようです。

しかし、多くの方が勘違いしているようですが葬儀社は自分たちで決めるものです。

病院側で決まっている訳ではありません。

しかしあまりにも突然で慌ただしく気も動転している最中では

紹介された業者に決めてしまう事例も多いのでしょう。

 

しかし僧侶側もしっかりとした人材がいる事も事実ですし、

葬儀社にもその働き内容には雲泥の差がある事も事実です。

その認識はしておいて下さい。

 

つまり葬儀社は、当然のことながら遺族側で決定しますが、お困りの時はお寺に相談して下さい。

★臨終勤行(りんじゅうごんぎょう)について

臨終を迎えますと、一般には枕経(まくらぎょう)がつとめられます。枕経とは、いのちが終わる時、念仏者が最後にもう一度、これまでの聞法(もんぼう)の生活を総まとめする意味での読経です。出来れば本人がそれを行うべきですが、残念ながら出来ません。

それで、日頃、御法義の上で最も親密だった手次寺(てつぎでら)の住職や家族、友人などが、本人と一緒におつとめするのです。だから、本来ならば、まだ脈のある間におつとめし、念仏の声を死んでゆく人にも聞かしむべきでしょうし、正式には臨終勤行とよぶべきでありましょう。

 

ですから、浄土真宗本願寺派では元々枕経という言い方はなかったのです

亡くなった人に差し向けるのがお経ではありません。

本来の意味がこうであっても実際には亡くなられてから伺う事が多いのが現状です。

東京では伺う事がほぼ無くなっているのも事実です。これは自宅ではなく病院でお亡くなりになる状況が圧倒的に多いのも要因のひとつなのでしょう。

当寺ではご依頼のあった時にのみ、臨終勤行に伺うようにしています。

★納棺について

遺体は、たいてい夜分に湯灌(ゆかん)といって、お湯で洗い浄めます。ご遺体に念珠と門徒式章をかけます。そして棺の中に納めます。三角巾・六文銭など、旅装束や巡礼装束は着せません。

遺体の上には南無阿弥陀仏を真ん中にして左右の各二行に、其仏本願力、聞名欲往生、皆悉到彼国、自致不退転(『無量寿経』「往覲偈」)の御文を記す尊号をおさめます。

これは葬儀が昔は御本尊のない野辺(のべ)で行われた際に御本尊の代りをつとめた、その名残です。この六字尊号を納棺尊号といいます。棺には七条袈裟(なければ錦織の棺覆い)をかけます。昔、坐棺(ざかん いわゆる棺桶)だった時代は、遺体が仏壇の方に向くように棺を安置しました。棺に七条袈裟をかけ、したがって修多羅(しゅたら 七条袈裟につける長い組紐)は、会葬者の方から見えるようにかけました。

なお棺上に小刀などを置く必要はありません。これは、小刀が錦の袋に入り、袋の組紐がちょっと修多羅に似ているので代用したことから始まったのではないでしょうか。

 

修多羅をかけるのは僧侶とみなしているのだ、と教えていただいた事があります。坐棺つまり遺体を横に寝かせるのではなく、座らせていたという名残りが強いのでありましょう。まさに息を止めども阿弥陀如来に手を合わせている姿をとらせてきたのでありましょう。尊いことであります。

★通夜勤行について

故人と家族がつとめる最後のお夕事

葬儀の前夜に通夜勤行をつとめます。この夜は、故人の遺体が存在する最後の夜であり、従って故人にとって、これが最後のお夕事(ゆうじ 夕べの勤行)の意味をもちます。つね日ごろ故人といっしょにお朝事(あさじ)、お夕事をつとめた家族はもちろん、これまで一度もその機会のなかった知人、友人も、せめてこの夜は故人とともにお夕事をおつとめするのです。

「正信偈」でも「阿弥陀経」でも何でもよく、大切なことは皆がいっしょにお聖教(しょうぎょう)、聖典(せいてん)を披(ひら)いて、たとえ一句半言でも、ともどもに声を出しておつとめすることであります。

 

通夜とはもともと親しい方が集まって文字通り厳密に言えば夜通しお経の声、お念仏の声を途絶えることなく、苦楽を共にされてきた方の死を人ごとにせず自分の問題として捉えてきた夜の法座であります。ですので、規範勤行集には通夜の意義を「葬儀の前夜に近親者や友人、知人など苦楽を共にした人々が仏前に相集い、故人を追憶して、仏恩報謝の懇念を深め、法義相続の場とする」と明示されています。昼間は会社があるから通夜だけ焼香に行っておくという安易なものではないのです。

★出棺勤行について

仏壇に向かってお別れの勤行

故人の柩が住みなれた我が家を出発して葬場(荼毘所だびしょ)に向かうにあたり、家庭のお仏壇に向かって、住職・家族らと共に行う、お別れの勤行です。

 

剃髪式・おかみそりについて

出棺勤行に先立って、住職が柩の中の故人に対して剃髪式(一般におかみそりと言う。厳密に言えば僧侶となる儀式)を行う場合があります。この儀式は、生前に僧侶であった者、および帰敬式(ききょうしき)を済ませていた人の場合には不要です。

東京都市部での葬儀ではこのおかみそりの儀式はあまり見かけません。当寺でも法名を付けるだけで特別におかみそりは行ってはおりません。

浄土真宗の教えによれば、私たちがみ仏の国に生まれることは、生前、阿弥陀如来の本願(一切の衆生をほとけの国に救い取らんとの誓願)を信じ、念仏を喜ぶときに定まります。これを平生業成(へいぜいごうじょう)と言います。このとき以来、日常の生活がそのまま仏の国に通じる道中なのです。だから、生命の終わった時に特別の儀式を行って浄土に往生したいと祈る必要も、導師に引導をわたされて仏の国に導かれる必要もありません。

ただ、生前に帰敬式や得度(僧侶になる訓練と儀式)を済ませていない人に対しては、出家する儀式、つまり「おかみそり」を行い、法名(仏弟子としての名前)をつけ、出家者として敬意を表するのです。だから遺体は白衣を着用し、柩は浄土真宗僧侶の最高の礼装である七条袈裟で覆う訳です。

 

院号・法名

おかみそりをすませた人には、法名が授与されます。法名には仏弟子となったこと、つまり釈尊の家系に生まれたことの意味で、姓としての釈の字をつけます。なお、浄土真宗は戒律の仏教ではありませんから、戒名という言葉は用いません。

逝去に当たっては、法名を料紙にしたため、逝去の年月日、俗名、年齢なども記入します。浄土真宗では白木や塗りの位牌を用いないのが正式です。位牌は中国の儒教の作法に由来するものです。

当寺では右側 往生年月日 中央 院号法名 左側 俗名満年齢を法名用紙に書きます。それを簡易的に使用する白木に貼ります。本来なら白木位牌は使用すべきではありませんが、何故だか白木位牌の代用品が無い(開発されないのか本願寺派として正式には定めていない)ため仕方なく使っております。本来は三つ折りの法名立てを使用いたします。

院号は、住職であった者、そのほか、生前に特別の功労のあった門信徒に対して、御本山から贈与されます。また、御本山に一定以上の上納金を進納した場合にも、財功に対するお扱いとして交附されます。

院号は現在御本山に20万円以上の進納(永代経懇志と言います)があった場合、お扱いとして院号が下附されます。

院号・法名の下に、居士、大士、信士、信女、大姉、童女などの文字は、つけません。居士、信士、信女などは、在俗の信者(ウパーサカ・優婆塞、ウパーシカ・優婆夷=仕える人の意)を意味します。それに対して、法名は本来、出家の名です。出家名と在家名とは別個であり、出家名にたいしてわざわざ居士等をつけるのは理屈の上で矛盾しているわけです。

居士等は位号と言います。僧侶ではなく在家であることも意味します。お念仏の教えをいただく私たちは男や女、はたまた僧俗等にこだわることはしません。共々にお浄土へあゆませていただく同朋なのですから、位号は必要としないのですね。

★葬場勤行について

最後の日常勤行として正信偈を読誦

葬場勤行は、故人が常日頃、仏法者として親交のあった手次寺(てつぎでら)の住職その他の僧侶、ならびに親族、知人らと共に行う、最後の日常勤行です。したがって、この場合の勤行には、念仏者が朝夕読誦してきた、浄土真宗でもっとも基本的な聖典「正信念仏偈」と「高僧和讃」二首が依用されます。

本来、臨終、納棺、通夜の各勤行、ならびに葬儀当日の出棺勤行までは故人の自宅で行い、その後、葬列を組んで火葬場(葬場)に向かい、そこで葬儀(葬場)勤行を勤め、そのあと、いよいよ荼毘に付する直前に、火屋勤行を勤めていました。

しかるに近年、通夜、出棺、葬場勤行までを一括して会館などで行い、その後、火葬場に向かい、そこで火屋勤行を行うことになり、本来の形式とのずれが目立つようになってきました。しかし、形は変わろうとも、一つ一つの勤行の意味を正しく理解して、葬儀に臨みたいものです。

 

会館の広さ、設備等々の違いにより列席者の椅子の向きも様々な配置が見られます。ご遺族の心情からお参りに来られた方のお顔を拝見したいという希望を聞く事もありますが、立礼答礼する必要はありません。葬儀は僧侶だけがするものではありません。会葬者全員が儀式の執行者ですし、お勤めなのですから挨拶する必要がないのです。遺された一人一人が仏法に出遇う場であり、挨拶する場所ではないから必要ないのです。儀式中に挨拶出来ない訳ですから、出棺前に遺族代表者よりご挨拶があるのはそのためなのですね。

★火屋(ひや)勤行について

葬場での勤行が終わって、柩を火屋に移し、いよいよ荼毘に附せんとするとき、「重誓偈」を読誦し、みほとけの誓いをあらためて味わわせていただきます。

他宗様のように釜前、炉前とは言いません。火屋勤行と言います。

★収骨勤行について

火葬場で遺骨を拾って後、それを壺に入れ、さらに木箱に納め、白布で包みます。この時、遺骨が納まった木箱を卓上に安置して勤行を行う場合があります。その時、できれば三つ折りの懐中名号(携帯用の名号=南無阿弥陀仏=本尊)をその前に立てて燃香あるいは焼香し、勤行します。この場合の勤行は「讃仏偈」、「短念仏」、「回向」です。現在はほとんど行っておりません。

収骨に当たってお骨を多くの有縁の方々に分けることは、釈尊のご遺骨を、ご縁のあった八つの地方に分骨したとの故事にも合致し、大へん結構なことです。お骨を縁として各家々でお念仏が盛んになるからです。

 

収骨の際、気をつけなければならないことは、あい箸は決してせず一人ずつお骨を拾うことです。お骨だけ相ばさみでする慣習は俗習であり仏教とはなんのいわれもありませんし、仏教にそのような教えは存在しません。

★還骨勤行について

遺骨が家に還ってくると、お仏壇を荘厳し、中陰壇を舗設し遺骨を中陰壇の前に安置して、一同で勤行します。

 

昨今の様々な事情により通夜葬儀を会館で済ませるのが当たり前な風潮になっています。還骨も同じように会館でお勤めする機会も多いことでしょう。

しかし、後にも中陰の項で書き記しますが、忙しい現代人にとっていっぺんに済ませるため、この戻られてからお勤めするのを初七日と勘違いしている施主や葬儀社が多く見受けられます。特に東京都市部では初七日をはじめとする中陰法要は滅多にお勤めされないのが現状でありますので、そこからも戻っておつとめすることを初七日と言っているのだとおもわれます。あくまでも還骨勤行であることを認識しなければなりません。ましてや葬儀中に初七日も同時に済ませる考え方はもってのほかと言わざるをえません。おつとめする趣旨がどんどんあやふやになってきてしまいます。

なお、以後、満中陰までは、常灯明、常香が本義でありましょう。しかし、実際にはそれは困難なことです。また香煙を絶やさぬようにという配慮から、渦巻状の線香を用いる場合もあるようですが、家人不在の場合は火災の恐れもあり、本来、自ら尊前に侍るべきなのに、線香に後をゆだねることは、本意ではないでしょう。

★中陰について

中陰とは、古代インドで、衆生が今生の生命を終えて(死有)、次の生命(生有)を得るまでの中間の期間の生命のことで、中有ともいい、遺族はこの間、故人の冥福を念じ、善根を積重してそれを故人に回向回施することによって、後生の幸せを願うべきだとされました。この思想が日本に伝わり、中陰の間、遺族は精進潔斎し、読経その他の善根を積むことが行われてきたのです。

浄土真宗に於いては、衆生は如来の願力によって、命終のとき、即時にお浄土に往生して仏にならせていただくと示されています。だから遺族が積んだ善根を故人に回向する必要はありません。しかし、愛する親族の逝去にあって、諸行無常の教説を身にしみて味わい、人生の悲しみを痛感しているこの時こそ、日頃ややもすればおろそかにしがちなお念仏のみ教えを心から聴聞し、念仏者として正しく慎みのある生活を送る期間として、形の上では通仏教(他の宗派)の習慣に倣って、中陰の行事を行います。つまり中陰思想は本来仏教の思想ではありません。

★納骨について

さきほどの思想と重なって満中陰を迎えられ、この時期を目安として納骨される方が多いようです。

中陰壇も取り払います。大抵は葬儀社が引き取ってくれるはずです。

★大谷本廟への納骨について

大谷本廟とは親鸞聖人のお墓です。納骨の仕方は二つに分かれます。

ひとつは聖人のご遺骨を安置した壇のそばに納骨する「祖壇納骨」もうひとつは真龍寺の所有する納骨所に安置する「無量寿堂納骨」があります。

どちらの方法にせよ、お寺の証明書が必要になってきますので、ご相談下さい。

★喪中について

大切な方を亡くされ、悲歎に暮れる中、新年のご挨拶を喪中だからと遠慮すべく欠礼ハガキ等でお知らせされる方もいらっしゃいます。浄土真宗の教えの上からは喪中という捉え方はしません。悲しみの中にあって潤涙は当然の事ですが、生きていくことは我が身中心ですから、喪に服すことすら出来ない自分なのだと知らさるご法義なのであります。従ってお念仏をいただく我々にとっては喪中葉書は必要ありません。しかし世俗の慣習にならって新年のご挨拶は遠慮し、時期を見て寒中見舞いを出してみては如何でしょうか。